こんにちは、itoです。
いつも色んなことを考えちゃって、人の意見にもフラフラフラフラ〜
自分に軸がないように思えるんです。
こんな思いに共感される方はいらっしゃいませんか?
実は過去の私は、ものすごくこの気持ちに共感する人間でした。
人を見ると(すごいなぁ!)って思うことばかりで、その後はいつも、その対象と自分を比べて落ち込んでいたんです。
母親になると、先輩ママがとんでもなくパワフルに見えました。
先輩:「大変だけど、頑張ってね〜。」
私:「ありがとうございます!」
(この辛さをみんな乗り越えてきたんですよね。。。)
ずっと比較していました。
ただただ『すごい』というものと比べて・・・
『すごい』を基準にすると、とんでもなく疲弊するんですよね。
だって、『すごい』の位置から自分を見ることになるんですから。
その『すごい』をみんながやってきたことだと感じると、余計に疲弊する。
自分が感じた『すごい』にいつかは到達しなければならない!!!と。
ただ、私は幸運でした。
自分を内省することの心地よさ、楽しさを、最初は本をきっかけに、そこから繋がったコーチング等を通して感じることができました。
そして、そこから『自分の大切にしたいもの、どんな生き方をしたいのか、どうありたいのか』を掘り下げる機会に恵まれ、自分が感じた『すごい』に対して、(すごい!・・・確かにすごい!!! すごいけど、私のやりたいことだっけ?)に行き着くことができたんです。
私に向き合うことは、私自身が感じている『すごい』の正体に向き合う機会にもなりました。
実際『すごい』は、あるものの一面を見ているに過ぎないことも多いんですよね。
例えば、育児も仕事もとんでもなくパワフルにこなしている〜と感じている先輩ママでも、実は食事に関してはそれほど重要視していなく、外食が多かったり(私は子どもへの食事は譲れないところだった)。
ネイルやアクセサリーなどいつもオシャレにしている先輩ママは、実は子どもがすでに高校、大学生だったり。(そもそも私は装飾品が少し苦手。)
大切にしたいものは人によって違うし、その人自身の人生のフェーズによってバランスも大事だったりします。
他の人から見たキラキラした側面は、それを持っている人が今大切にしていることの表れだったりしますが、その大切は、今の自分にとっての大切とイコール???
ちょっと話を大きくしますが、世界には本当に様々なジャンルで『すごい人』は存在します。
スポーツ、芸術、ビジネス・・・様々な分野で、誰もが驚く数値的な結果を残していたり、賞賛を得ていたり。
ただ、すごい人=万能な人、ではないんですよね。
人の『すごい』は人によって様々で、人の『すごい』を沢山たくさん集めて、それらと自分を比べ続けたら、それは辛くなっちゃうのも無理はない。
だって、ビューティーコンテストにも出場して、大食い選手権にも、クイズ大会にも、フォトコンテストにも、トライアスロンにも・・・・・あらゆる大会に参加して、優勝者(または成績上位者)と自分を比べているようなもの。(少し大袈裟ではあるんですが)
私はホラー映画とか恐怖系映像に全くもって興味がないのですが(映像が頭から離れなくなって夜にお風呂やトイレに入るのが嫌になる)、世界一有名なホラー映画を作った人はすごいとは思うけど、「すごいですね!」・・・以上。になってしまうんです。
自分なんてそんな映画作れないし・・・とはならない。
人は、少しも興味がない分野だとそうなりますよね。
じゃあ、なぜ人の『すごい』に心が揺れてしまうのか・・・
それは、自分にとっての大切を自分自身がわかっていないから。
もしも、『自分にとっての大切』がわかっていたら、その大切の対象に対して、自分なんて・・・と言っている場合じゃなくなります。
だって、自分はその『大切』を維持したいんだから。
ここでいう“維持”とは、単に現在の状態のままであることだけを言ってはいません。
脳は、リアリティを感じることを“当たり前”と認識する性質があるので、私は「こうありたい(これを実現したい)」が強いと、今現在叶っていないことでも、それを“当たり前”とするんです。
未来にピン留めを打つ感じですね。
ピン留めの位置を維持しようとするのが脳の仕組み。
だから、ここでいう『大切』を“維持”することも、現状のことばかりとは限りません。
強い決意(コミット)があれば、それに必要な情報を勝手に集め出すのが、人間の脳の仕組みです。
だから、きっとなれない
きっと叶えられない と、”ありえない認定”したものは、一生掴めない。未来側にピン留めできていないからです。
それは脳の仕組みから言えることなんですね。
だってなりたいんでしょ?それを得たいと思っているんでしょ??
素直になって
そしたら、ちゃんと情報は入ってくるようになっているんです。
そして、もう一つ人の『すごい』に心が揺れてしまう理由が存在します。
それは『自分の大切』とは何ら関係なさそうな、『それは素晴らしいことであるはずだ!』と信じている(思い込んでいる)こと!
これが厄介なところは、叶えると多くの人から『すごい』という賞賛を集められるところなんですよね。
賞賛されるとやっぱり嬉しいものじゃないですか。
すると、本当は自分にとって大切にしたいものを置き去りにしながら、その賞賛が大切になってきてしまう。
でも、ここでも結局先ほどの話に戻るんです。
それって素晴らしいけれど、私はそれを叶えたいと思っている???
人の意見にフラフラしてしまう人は、自分の『大切』に向き合い、自分の大切を自分だけは守る!という決意を持てると、世界の見え方が変わります。
これは私の実体験から強くオススメしたいことです。
あなたが大切にしたいことは何ですか???
読んでいただきありがとうございました