【完全無料】 21日間で“私の本当の願い”に気づく! 理想の未来を開くメルマガ講座 開講中

忙しさから解放される!“私らしい幸せ”を取り戻す方法

こんにちは、ito(@itokake_labo)です。

目次

忙しい=不幸?

突然ですが、幸・不幸に、忙しさは関係あると思いますか???

子どもを見ていると思うことなのですが、やることいっぱいで忙しそうにしているのに、幸せそうに過ごしていることが多いんですよね。

隙間時間名人なのでは・・・と思えるほどに、5分、10分を目一杯過ごしていたりします。

逆に、「ヒマ〜」と言っている時のつまらなそうなこと、つまらなそうなこと・笑

幸せか否かって、”忙しさ”が原因じゃないような気がしてきませんか?

「そりゃあ子どもは、自分のやりたいことをやれているからね。」

確かにそうなんです。

私もその考え方を信じて疑っていなかったんです。

『大人は好きなことができない。』

『子どものうちに好きなことをやっておけよー』

あらゆるところで、そんな言葉を聞いてきたから

本当にそうなのでしょうか???

子ども=自由? 大人=不自由?

子どもは、お金を稼ぐことはできるでしょうか?(絶対できないとは言わないけれど)

単身で旅行に行くことはできるでしょうか?(絶対できないとは言わないけれど)

学校などの過ごす環境を選ぶことはできるでしょうか?(絶対できないとは言わないけれど)

細かい話、「昨日食べすぎちゃったから、今日のお昼はパス〜」とか、家や学校でなかなかできないですよね。

なぜなら、大人が心配してくるから。

大人がダメだと言ってくるから。

そんな選択の制限をかけられがちな子どもだけが、『自由や幸せを得るチャンス』を持っていると信じられている。

大人は、食べるものを選ぶ。一緒に時間を過ごす人を選ぶ。住む場所を選ぶ。行く場所を選ぶ。

選択肢だけで言えば、大人は子どもよりも多くの『自由』を持っているように思えませんか???

じゃあ、どうして大人は、忙しさの中で、こんなにも辛さを感じているんでしょうか?

私だけの話で言えば、子どもの時よりも、歳を重ねていくほどに、幸せを感じられるようになりました。

正確に言えば、幸せを取り戻した、といった感じです。

幼少期には、我が子と同じように隙間時間名人で、5分でも10分でも見つけては、自転車を猛烈な勢いで漕いで公園へ行き、友達と遊んでいました・笑

では、なぜ不幸を多く感じるようになってしまったのか。

何があったのか?

思い込みの威力

それは、自分の自由を制限する”思い込み”が生まれたからなんです。

このような“思い込み”のことを“メンタルブロック”と言ったり、“ブレーキビリーフ(リミッティングビリーフとも)”と言ったりします。

特に親との生活で作られるビリーフは根強い。

私はお母さんに向けて発信しているので、お母さん寄りの発信になってしまうのですが、もちろん“お父さん”という存在も同じです。

また、そのお母さん、お父さんも、親から、または社会との継続的な接触によって作られたビリーフに、知らず知らずに縛られていることって本当に多いんです。

だって現に、子どもより大人の方が自由ではない、と思い込んでいる人が多くないですか???

ある側面で見ればそうかもしれない。

でも、ある側面から見ると???

疑う余地は大いにあると思うのです。

思い込みで人は世の中をみてしまう

実際はそうではないかもしれないし、解釈の自由が存在するものかもしれないのに、物事は信じている通りに見えるもの

例えばですが、時短勤務は迷惑をかけるもの、と信じているお母さんがいるとします。(過去の私です…)

ある日、退社しようとした時に自分宛の電話がかかってきた

その日は、子どもを皮膚科に連れていくことになっているから、その電話を受けては皮膚科に連れていくことはできなくなってしまう

そんな時に、同僚の顔をチラリと見ると、なんだかイライラそわそわしているように見える。

「私が電話受けない様子だから、きっとイラついているんだわ」

「時短勤務者がチームにいることを迷惑だと思っているんだわ」

そう感じるかもしれません。

例えば、『時短勤務は、会社と社員である私の“契約上の問題”』。『私は時間内に仕事をきっちりやっているから、ここにいる意味があるし、ここでみんなの役に立っている』と信じているお母さんがいるとします。

すると、上記の事例から受ける感情はどうなりそうでしょうか?

電話が来た瞬間に見えた同僚の、なんだかイライラそわそわしている様子に対して、

「取引先と何かあったのかな?」

「体調が悪いのかしら?」

「解決しない問題を抱えているのかも!」

と、自分のこととは切り離して考えるかもしれませんよね。

そこには、『私のせいで困っている同僚』はいないし、『私がいるから、誰かが困る事実』は存在しない。

これって屁理屈だと思いますか???

幸・不幸を分けるもの

確かに時短勤務は、物質的な意味合いでは、『私が“会社にいない”時間』が生まれます。

でも、それを良しとしている会社があって、それが可能な自分がいるわけなんですよね。

これまた私の経験談で恐縮ですが、勤務時間が短くなった分、『限られた時間で価値を出す方法』を必死に考えるようになり、それを叶えられる自分に成長できたと感じています。

時短勤務取得者=迷惑な存在?

そんなはずはない

と少しでも感じるなら、その気持ちを実証できる事例を多数集めましょう

先輩の中にも「まさにこれこそ証明だ」と感じさせてくれる存在がいるかもしれません。

職場にいなければ、本やインターネットを通して、そのような方が見つかるかもしれません

自分が感じている『ありたい自分』(私の中では、“短い時間でも価値を出せる人”)を信じられる情報を、たくさん集めてみてください。

きっと、『私が感じた感覚は間違っていなかったわと感じられる情報がどんどん集まってきますよ。

脳は、繰り返される情報を大事なものだと判定します。(“大人=不自由、不幸”も繰り返しによって根付いたものですからね)

あなたが信じたい感覚にあった情報を、どんどん脳に与えていきましょう!

見えないものを軽視している人は多い。でもそれってとっても勿体無い。

脳も心もよくできていて、見えないけれど、ちゃんと絶えず機能しています。

そして、違和感だったり、モヤモヤだったりのサインを出してくれるんです。

だから、あなたの希望に感じられる感覚を大事にして、その感覚を信じて、情報集めをしてみてくださいね。

サポートのための無料メルマガ講座を開講中です。

ぜひご参加ください

「私、何のために

こんなに頑張ってるんだろう?」

育児も仕事も全力で頑張るあなたへ。

そんなあなたが、

“私の喜ぶ人生”を歩むための

無料メルマガ講座開講中↓↓↓

読んでいただきありがとうございました

この記事が気になったら

目次